いろいろ形が用意されているお墓ブログ:15-9-2022
「ごま漬けに酢は入れんのかい?」
それはお母さんの認知症を決定づけた一言だった。
お姉さんやいもうとからは、
最近お母さんが少しおかしいと聞いていたが、
遠く離れた僕は、あまり気にもとめていなかった。
九十九里の名産であるごま漬けは、
小指程度の小さな背黒イワシを丸ごと、
頭と内臓をひとさし指でキュッと取って、
塩水に一晩、酢水に一晩つけ…
一段ずつ、きれいに並べ、
ゆず、はりしょうが、ごま、とうがらしの輪切と順番に振り、
一段、又一段と、気の遠くなるような作業を繰り返し…
そして
しばらく置くと、
子どももお年寄りも骨ごと食べれる
イワシのごま漬けの完成となる。
お母さんの味はどんな有名な店のものよりもおいしく、
お母さん自身もそれをわかっていた。
だから僕が実家へ帰るからというと
必ず手土産にと作ってくれておいた。
いつ頃からか少し味がかわってきて…
ん?何かが違うという感じが、現実のものとなったのだ。
50年やってきた当たり前が、お母さんの記憶から消えた。
たばこの自動販売機に古い500円札を入れて
入らないと泣きだしそうになったり、
お札に火をつけて燃やしてしまったり、
お母さんの中で一体何が起きているんだろう?
父が亡くなって七年、
独りで淋しかったんだね…ごめんね…
今はまだ、
お母さんの中に僕達はいるんだろうか?
僕達の笑顔はお母さんに届いているんだろうか?
僕達の想いは…
忘れんぼうになったお母さんは
「ありがと」「ありがと」とそればかり…
もういいよ。
お母さんのシワシワになった笑顔の中に
僕達がいつまでもいられますように…
「ありがとう」は、僕達の方だよ。