いろいろ形が用意されているお墓ブログ:22-9-2015


息子たちが、
茶わんの中に、ご飯つぶを残していた。

お茶を注いで、こそげ落として食べてしまうように告げても、
「これくらい」のつもりで平気にしている。
おいらも強要はしないけれど、気になる…

おいらの祖母は、
「米粒には七人の神様がおいでなさる」と言っていた。
息子心に聞くとはなしに心に残っている。
それは、おいらが幼い手で、農作業を手伝っていたからだと思う。

稲作は、牛馬の力を借り、
ご近所同士の助け合いの基で成り立っていた。

幼いおいらたちは、
お祭り気分でその周りを走りまわっていた。

息子たちも大人たちと同じように汗をかき、談笑の中にすわり、
その中で社会の成り立ちを理解してきた。
風がわたるように、時間もゆるやかに流れていたように思う。

だから、
父母の小言も祖父母の教えも
道理として、このからだのすみずみに治まっている。
まるで、つけものの重しのようだった。

心のひだに、たたみこまれた道理を
今の息子にふりかざしてみても、
経験していないことは、「食」とは結びつかない。

「飢え」を知らない世代が日本人の大半を占めている。
おいらも知らない。
ひもじい思いをしていないので、
「命をいただいて命をつなげている」事実を、
どこかに置き忘れていないだろうか。

おいらは
「初物を食べたら東むいて笑え。75日長生きする」
ということわざを耳にしていた。

幼いおいらは、
たった75日生きのびてもさしたる変化はないと考えていたが、
この歳になって…

「感謝の気持ちを込めて笑って食べよう」という
本当の意味を理解できた。

――――――以上で今日の報告を終わります。